アルベルト・プッチ・オルトネダ

本場スペイン、バルセロナで
長く育成に携わっていたと
いう触れ込みで、
新潟に
ボールを大切にする
新しいスタイルを植え付けました。

自陣からボールを繋ぐスタイルは、
魅力あるサッカーとして
注目を集めましたが、
J1昇格が至上命令であった
当時のアルビでは
結果を残すことは出来ませんでした。

それでも、2年目は
J2降格後最高順位を記録。

クラブも続投の要請を表明しましたが、
FC東京への移籍が決まりました。

ただ、2年連続で後半に
失速したこともあり、
評価は別れました。

バルセロナ仕込のサッカーを
標榜するものの
監督としては、
新潟が初挑戦となりました。

和を大事にする監督で
チームをひとまとめにすることに
長けた監督でした。


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吉永一明

なかなか調子の上がらない
片渕アルビの後を継いで
シーズン途中
10試合目から指揮。

アルビレックス
シンガポールでは
十分な実績を残し
クラブからの
厚い信頼を得ていましたが、
結果は付いてきませんでした。

ここまで
守備に重きを置いていた
チームから攻撃に
重心を移動。

リーグでも
トップクラスの
得点力を誇る
チームに変容させました。

シーズン終盤に近づくにつれ
安定した強さを
発揮。

惜しまれながらの
退任となりました。

穏やかな語り口の中にも
厳しさを感じる監督でも
ありました。

ぶっきらぼうな印象ながら
ときおり見せる
笑顔が人気を呼びました。

2017年~2018年の
アルビレックスシンガポールで
達成した
2シーズンに渡る全冠制覇は
今後、伝説となることでしょう。

最終節、
退団が決まっていた
ここまで出番のなかった
キーパー野澤を
ロスタイムで出場させる
温情派でもありました。

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片渕浩一郎

吉田達磨監督、三浦監督、鈴木政一と
3年連続の監督解任劇となった新潟で
全てにおいてピンチヒッターと
なった男気あふれる監督。

2019年は早くから監督就任の
発表もあり
キャンプからチームを任されました。

ところが、チームは開幕から
なかなか波に乗れず、
9節が終わった時点で、
3勝3敗3分。

電撃解任となってしまいました。

守備の立て直しを
掲げるもなかなか失点が止まらず、
守備重視の戦術の為
攻撃力も低下。

最後は
守備重視、ロングボールを多用する
試合内容にも
サポからの不満が噴出。

残念な結果となりました。

サポを大切にする監督で、
サポーター席まで来て
サポートを頼む姿は
語り草となりました。

歴代監督の中でも
アルビ愛が一番ある監督でも
ありました。

若手の育成にも携わっていたこともあり
若い選手には
兄貴分にとして慕われていました。

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呂比須ワグナー

不振に喘ぐ三浦監督の後を継いで
シーズン途中からアルビの監督に就任。

知名度は抜群でしたが、
監督としての能力は未知数。

むしろ日本では、G大阪での失敗もあって
評価は高くはありませんでした。

なかなかチームを立て直すことが出来ず
苦しみましたが、シーズン最後の残り6試合は
5勝1分けでフィニッシュ。

退任を惜しむ声も出ましたが、
就任後の成績は6勝12敗5分。

シーズン当初から監督をしていたとしても
残留争いにまきこまれた可能性は高かったです。

監督としては微妙な評価となってしまいました。
ただ、真面目な性格でサポーターを大切にする監督でした。

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三浦文丈

レオ・シルバ
ラファエル・シルバ
コルテースらが抜けたアルビを
立て直すべくJ3長野の監督続投のオファーを断って
アルビの監督に就任。

なかなか結果を出せず、10試合程度で
事実上の解任となってしまいました。

まだ監督としてのキャリアは浅く、
アルビの前はJ3の監督を1年のみ。

選手としての実績は素晴らしいし
現役時代はいろんなポジションも経験していて
もしかしたら監督としての素養は
あったのかもしれませんが、
アルビでは経験不足を露呈。

昇格以来14年間守り続けてきたJ1の座から
アルビを降格させた監督となってしまいました。

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吉田達磨

若手の育成や独自のサッカー理論で
高い評価を受ける監督ではありましたが、
新潟では、苦しいシーズンとなってしまいました。

結局最後は残り4試合を残しての解任。

成績は残せませんでした。

ただ、ある選手が話していたように
アルビのサッカーはがらりと変わりました。

アルビの監督をしていた時はまだ若かったので
理想とするサッカーと
プロサッカーチームとして結果を残すということの違い等
学んだことは大きかったのではないでしょうか。

監督としの力量としては、まだまだ未知な部分も
多かっただけに残念な解任劇となってしまいました。

柳下正明

2012年、不振にあえぐ黒崎アルビの後を継ぎ
シーズン途中から就任した実績十分の新監督。

シーズン途中から指揮を任せ、チームの立ち直りを図るには
最適な監督ではなかったのではないでしょうか。

なんとアルビは、J1で指揮をした経験をもった監督は
この柳下監督が始めてでした。(J1へ昇格してから)

それまで、堅守即効が特徴だったアルビに
ボールを保持しながら攻撃をするスタイルを植え付けました。
極端に守備的にならないスタイルは
プロの解説者等からは高い評価を得たものの
マンツーマンを主とする守備では
簡単に失点を重ねてしまうという弱点も露呈しました。

選手には戦う姿勢を強く求め
会見では選手を批判することもしばしば。

敗戦を選手のせいにする監督も少ない中
賛否はわかれました。

ただ、きびしい監督のイメージはつきました。

就任2年目の2013年が好調で
サポの期待も高かっただけに
最後の年のリーグ戦15位というのは
期待を裏切る結果となってしまいました。

それでも2015年のナビスコ杯でベスト4に入るという
クラブの歴史を塗り替えたことは
評価できると思います。

審判に対しても堂々と批判ができる
稀有な監督でもありました。
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黒崎久志監督

アルビ歴代監督の中でも選手としての
実績はピカイチ!

監督業もアルビが初ということで
注目度は高かったのですが、
成績は年を追うごとに下落。

3年目にはついにシーズン途中での
解任という不名誉な記録をつくってしまいました。

就任当初から攻撃的なサッカーをかかげ
うまくいっているときは
おもしろいサッカーを展開するも
ひとたび歯車が狂いだすと
なかなか修正することはできませんでした。

最後の方は戦術にもブレがみられました。
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鈴木淳監督

若手の育成に定評があるという触れ込みで
J2山形からやってきました。

矢野、北野、あたりは鈴木監督に育てられたと
いえるかもしれません。

どんなに負けが込んでいても
メンバーを大きく変えずに戦い
ぶれない監督といわれました。

メンバーを固定して戦い
鈴木アルビのスタイルを貫き
安定した成績を残すことに成功。

ただ、どちらかと言うと口数が少なく、
会見などは、あたりさわりのない言葉に
終始し、面白みにかけました。

安定した戦いで強いアルビも見せましたが
選手交代も遅く、評価は分かれました。

ただ、4年間でアルビを優勝争いに加われるまでに
したことは評価できると思います。
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反町康治監督

いわずと知れた新潟のヒーロー。

「J1昇格」
なんて口にしたら笑われてしまう時代に就任。

3年間でみごと新潟をJ1に導きました。

当時は補強と言えば、他のチームを戦力外に
なった選手ばかり、
チーム力としては決してJ2でも
上の方ではなかったはずなので
それだけに反町監督の手腕は高く評価されました。

「右手にロジック、左手にパッション」をモットーに
試合後の会見では常に強気の発言に加え
ユーモアもあり
会見がいつも楽しみでした。

監督業のみならず、
まだまだ発展途上のクラブに
いろいろとアドバイスもして
クラブも育てたと言っても過言ではありません。

ハーフタイム後、あるいは選手交代で
状況をがらりと変えてしまう手腕は
本当に面白かったです。

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